ひめゆり平和祈念資料館|学徒の悲劇を通じて、戦争の悲惨さや平和の尊さを訴える

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太平洋戦争末期の1945年3月23日、米軍上陸間近の沖縄で、当時の沖縄師範学校女子部(女師)と沖縄県立第一高等女学校(一高女)の教師・生徒が看護要員として動員されました。

  

戦後、「ひめゆり学徒隊」と呼ばれる生徒たちです。

  

戦場で負傷した日本兵たちの看護にあたるため、15歳から19歳の少女たち222名および教師18名、合計240名が戦場の病院に送り込まれたのです。

  

彼女たちは小高い丘の中腹に掘られた洞くつ(人工壕)を使用した戦場の病院で、負傷兵の看護や死体処理などにあたっていました。

  

戦局の悪化に伴い、5月下旬沖縄本島南部に撤退。

  

6月18日、米軍の激しい攻撃の中、突然の解散命令で戦場に放り出されます。

  

約3か月間で136名が命を落としました。

  

この悲劇は、沖縄戦の悲惨さの象徴としても語り継がれてきました。

  

1989年には、ひめゆり同窓会を母体とする財団法人(現ひめゆり平和祈念財団)によって「ひめゆり平和祈念資料館」が設立されます。

  

ちなみに、この資料館は民間の施設で、運営の支えとなる公的資金は受けていません。

  

ひめゆり同窓会は自ら建設資金造成のために奔走し、学徒生存者たちは展示資料づくりに力を注ぎました。

  

同窓会のみなさんは「あのような悲惨な戦争を二度と起こしてはならない」という思いで一丸となり、資料館設立にこぎつけたのです。

1. 私たち(体験者)が語れなくなっても伝えてほしい

資料館の設立から30年あまりが経ちました。

  

この間、ひめゆり学徒隊の生存者たちは「証言員」として展示室に立ち、戦争体験を伝えることで、戦争の悲惨さ、平和の尊さ、命の大切さを訴えてきました。

  

ちなみに、修学旅行などの学校団体の入館者も多く、中高校生に「ひめゆり学徒隊と同世代の自分たちが戦争に駆り出されたらどうなるか」と考えてもらうきっかけも提供してきたのです。

生存者たちは、70代に差しかかるころから「自分たちが語れなくなっても戦争の実相を伝えてほしい」という思いを持っていました。

   

現在の中高校生は身近に戦争体験者が少なくなっています。

  

「ひめゆりって、なに?」とか「教科書で見たことはあるような気がするけど・・・」という人たちもいます。

  

ひめゆり平和祈念資料館は、生存者が語れなくなる時を見据え、2000年ごろから次世代継承に取り組んできたそうです。

  

2021年には次世代へ伝えるために、展示室の大幅なリニューアルを行いました。

2.「戦争からさらに遠くなった世代」のためにリニューアル

リニューアルのテーマは「戦争からさらに遠くなった世代へ」というものです。

  

実は2004年にもリニューアルが行われていますが、そのときはひめゆり学徒隊生存者たちが中心でした。

  

今回は戦後生まれの職員たちが中心となって、リニューアルに取り組んでいます。

  

では新しくなったひめゆり平和祈念資料館の内部を見ていきます。

  

それ以前と大きく変わったのはイラストや動画が効果的に活用され、視覚化が図られている点です。

  

それによってさらに見やすく、わかりやすくなりました。

  

ちなみに展示では、模型を含む実物資料89点、遺影を含む写真資料が300点、イラストが27点使用されています。

ひめゆり平和祈念資料館|ひめゆりの生徒たちの集合写真

エントランスを入ったロビーには、ひめゆりの生徒たちの集合写真が掲げられています。

  

等身大に近い大きさのため、ひとりひとりの表情がはっきりしていて、より身近な存在として感じられるようになっています。

ひめゆり平和祈念資料館|第一展示室

第一展示室は「ひめゆりの学校」というタイトルです。

  

以前は「ひめゆりの青春」となっていました。

  

名称通り、ひめゆりの生徒たち(女師・一高女)の学校生活が生き生きと描かれています。

  

このおだやかな学びの場から、戦場という地獄に突き落とされたことが信じられません。

ひめゆり平和祈念資料館|第二展示室

第二展示室「ひめゆりの戦場」では、ひめゆり学徒たちが負傷兵の看護を行っていた、沖縄陸軍病院壕の実物大模型が目を引きます。

  

そして彼女たちが活動していた環境の過酷さを、イラストや動画、証言映像や実物資料などで紹介しています。

ひめゆり平和祈念資料館|第三展示室の証言映像

第三展示室では、ひめゆり学徒の証言映像を見ることができます。

  

過酷な戦場で生き残った学徒たちが自身の体験を語っており、戦争から遠くなった世代にも訴えかけてくれます。

  

第四展示室は「鎮魂」をテーマとし、戦場で命を落とした227名(ひめゆり学徒隊136名と動員外の教師や生徒91名)の遺影が並んでいます。

   

生存者の証言からは、ひとりひとりの体験を知ることができます。

ひめゆり平和祈念資料館|第五展示室

第五展示室には「ひめゆりの戦後」が新設されました。

  

生き残った学徒たちが長い間戦争体験を語れなかったこと、それを乗り越えて資料館の開館にこぎつけたこと、その後の戦争体験を伝える活動などについて紹介しています。

ひめゆり平和祈念資料館|中庭に咲いた色とりどりの花々

中庭には四季の花が咲き乱れています。

   

展示内容が悲劇的なぶん、ほっとした気分にさせてくれます。

ひめゆり平和祈念資料館|学芸員の前泊克美さん

今回の取材でお話をし、館内を案内してくださったのは学芸員の前泊克美さん。

3.大切な役割をこれからも果たしていくために

2022年は沖縄の本土復帰から50年の節目の年です。

  

ロシアのウクライナ侵攻という出来事もあります。

  

開館から30年あまり経つので、沖縄観光でひめゆり平和祈念資料館を訪れたことのある方も多いと思いますが、こんな時代だからこそ、新しい視点で新しくなった展示内容を再度見てみるのも、平和を考える上でよいことだと感じさせられます。

  

一方で、長引くコロナ禍で入館者が激減しています。

 

2019年度に49万人あまりだった年間入館者が、翌2020年度には6万6000人程度と、85%以上減りました。

  

2021年度には約9万4000人とわずかながら持ち直しましたが、コロナ前には比ぶべくもありません。

 

当然ながら入館料収入も激減しています。そのため、民間施設である資料館の運営は危機的な状況にあります。

  

戦争の悲惨さや平和の尊さが世界的にも注目されている時期なのに、ひめゆり平和祈念資料館の運営に支障が出ては困りもの。

  

そこで、資料館では幅広く寄付を呼びかけています。その役割の重要さをご理解の上、ぜひご検討いただければと思います。

  

くわしくはこの記事の一番下にURLが表示されている公式ホームページ内の「寄付のお願い」をご覧ください。

ひめゆり平和祈念資料館|ひめゆりの塔と慰霊碑

資料館の隣にはひめゆり学徒と教師42名を含む約80名が亡くなった伊原第三外科壕跡があり、1946年に建立されたひめゆりの塔(写真右)と慰霊碑(正面)が立っています。

ひめゆり平和祈念資料館|外観正面

Text:吉田 直人

Photo:根原 奉也

(取材:2022年4月)

ひめゆり平和祈念資料館

住所
沖縄県糸満市字伊原671-1
電話番号
098-997-2100
料金目安
大人450円/高校生250円/小・中学生150円 ※団体割引あり
営業時間
9:00~17:25(入館は17:00まで)
定休日
なし
駐車場
近隣のお土産品店の駐車場利用可
その他
※コロナ禍のため、開館時間等に変更の可能性がありますので、来館の際には事前確認をおすすめします。
https://www.himeyuri.or.jp/JP/top.html