沖縄本島中部に位置する宜野湾(ぎのわん)市普天間(ふてんま)といえば、市の面積の約25%を米軍普天間飛行場が占める〝基地のまち〟として知られています。
そんな基地との境界線に沿うように建つ施設があります。
建物の周りのほとんどを基地のフェンスに囲まれたその私設美術館には、1994年のオープン以来、100万人以上の人が足を運んでいます。
アートを通して平和の尊さを発信しつづけ続ける〝もの想う〟空間へ出かけてみませんか?
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1.戦後沖縄を象徴する〝現在進行形〟の場所に立つ美術館

宜野湾市上原、住宅街と米軍普天間基地が隣接する一帯に「佐喜眞(さきま)美術館」はあります。
孤を描くような回廊が印象的な平屋のコンクリート打ちっぱなしの建物は、館長の佐喜眞道夫さんが、基地として接収されていたご先祖の土地を取り戻して1994年に建てた、平和とアートの力を象徴する施設です。

戦後75年以上経った今でも、基地問題が山積する沖縄には、平和・くらし・基地・戦後が現在進行形で混在しています。
美術館の敷地のほとんどを囲む米軍のフェンス。
生活圏内の上空を飛び交う軍用機の爆音。
この場所に立つと視覚や聴覚にダイレクトに、日常化している非日常が飛び込んできます。
2.アートで平和を発信する〝もの想う〟空間

「佐喜眞美術館」は、3つの展示室からなり、〝生と死〟〝苦悩と救済〟〝人間と戦争〟という一貫したテーマのもとにコレクションされた、作品の展示や企画展、演奏会が開かれています。
丸木位里(まるき いり)・俊(とし)夫妻、上野誠、ケーテ・コルヴイッツ、浜田知明、利根山光人、草間彌生、ジョルジュ・ルオーなどの作品約1,000点が収蔵されています。


取材で訪れたこの日は、コロナ収束への願いも込められた「疫病退散祈願!祇園祭絵巻 田島征彦(たじま・まさひこ) 型染めと絵本原画展」の企画展が開催されていました。

そして常設展示室へ入ると、たくさんのお年寄りの肖像が壁一面に並びます。
沖縄の写真家、比嘉豊光(ひが・とよみつ)さんと郷土史家の村山友江(むらやま・ともえ)さんが、県内の戦争体験者から、地域の島くとぅば(沖縄語)で証言を聞き取った際に撮影されたものです。
物言わぬ写真の人々の表情には、深い苦悩と困難の年輪が、平和への決意として刻まれているようです。

美術館の常設展示の中心となるのが、丸木位里(まるき いり)・俊(とし)夫妻による「沖縄戦の図」シリーズです。

「原爆の図」でも知られる丸木夫妻が、地上戦を体験した沖縄から「戦争の真実」を学ぶべきだと考え、実際に沖縄に赴き、体験者の証言者を聞き、モデルになってもらいながら、6年をかけて描いた14部にも及ぶ大作です。

ゆっくりと絵に向き合うことができるように、展示室の真ん中には椅子が置かれています。
思い思いに腰をおろし、作品を眺める中で、さまざまな感情や想いをめぐらせる。
〝もの想う場所〟となること。
それがこの美術館の願いでもあり、役目でもあるのです。

「戦争や平和というと、ものすごく重たくて深いテーマですが、たとえば丸木夫妻の描いた作品を見てただ怖いとかかわいそうという感情だけではなく、じゃあ平和のために自分には何ができるんだろうか、ということを等身大の視点から希求してもらえる時間を、この場所で持っていただければなと思います。
私自身、戦後生まれですが、ましてやこの場所を訪れる修学旅行の若い学生さんにとっては、75年以上も昔にここで地上戦が行われたことなど想像だにできないこと。戦争の悲惨さを想像してごらん、と言ってもそれは容易なことではありません。普段の生活の中で個々が抱えている悩みや閉塞感といった〝感覚の共通点〟を見出していくことが、戦争の実相を想起する大事な切り口になるのではと感じています」
と、この美術館で20年以上、学芸員をつとめる上間かな恵(うえま・かなえ)さんは言います。
3.想像することで創造してほしい、未来

佐喜眞美術館の中庭には、館長である佐喜眞道夫(さきま・みちお)さんのご先祖が眠る亀甲墓(かめこうばか)があります。
「この亀甲墓はね、1740年頃に建立されたもの。昔はね、このお墓の向こう側もずっと緑豊かな森が広がっていたんです。今は、見てごらん、金網で囲まれた米軍基地が広がっているよ。僕の夢はね、沖縄の地上を緑豊かなクガニムイ(黄金森)にかえることだよ」
と佐喜眞館長は語ります。
「反戦美術館なんて言い方をされることもあるけれど、僕は、芸術作品の力を借りてより深く平和を発信していければと思っている。目の前に広がる風景とは違った視点で、アートはいろいろなものを見せ、気づかせてくれるからね。作品を通して感じるイマジネーションが日々の小さな平和を創造するきっかけになるかもしれないからね。そのためにも、戦後75年以上経った今も翻弄され続けるこの場で、なんとしても心落ち着けて、もの想う場を作りたかったんだよね。人々の魂のこかげ〝緑陰(りょくいん)〟になるようにと願っています」。

館内や亀甲墓が佇む庭を見たあとは、ぜひ建物の屋上へ上ってみてください。
そこには特別な階段が設置されています。
佐喜眞美術館の屋上には、沖縄県が制定する6月23日「慰霊の日」に、太陽が日没の際に通る軌道に合わせて設計された、6段と23段の階段があり、慰霊の日当日には最上段の窓に夕陽が差し込み、階段と一直線になる仕組みになっています。
天気や光の具合で違った表情を見せる、ちょっとしたインスタレーションのような空間です。

屋上からは海や、普天間基地の一角を望むことができます。
基地と隣り合わせで佇むこの美術館自体が、平和と今を体現している現代美術そのものなのかもしれません。
「佐喜眞美術館」は、1995年に国連出版の『世界の平和美術館』にも収録されています。

ミュージアムショップでは、沖縄戦や平和問題に関する書籍、ポストカードなども販売されています。

沖縄の美しい染織工芸である紅型(びんがた)の額装に目が止まりました。
松竹梅のおめでたい伝統的な文様の間に混じって、パラシュートや軍用機の柄が染めぬかれています。
アートを通して平和をメッセージしたユニークな作品です。
作品や空間そのものを通して〝もの想うひととき〟。
次回の沖縄旅行にぜひ、お出かけください。
Photo&text:鶴田尚子
(取材:2021年2月)
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住所: 沖縄県宜野湾市上原358
電話番号: 098-893-6948
料金目安: 大人800円/大学生・シルバー(70歳以上)700円/中高生600円/小人300円(障がい者手帳をお持ちの方は半額)
営業時間: 9:30〜17:00
定休日: 火曜日・旧盆・年末年始
駐車場: あり
その他: ※屋上のみの見学は不可
店舗詳細URL: http://sakima.jp