ダイビング前のメディカルチェックリスト詳解:該当すると潜れない病歴とその医学的理由

ダイビング前のメディカルチェックリスト詳解:該当すると潜れない病歴とその医学的理由

ダイビングのメディカルチェックリスト

ダイビングを予約すると、必ず記入を求められるのが健康状態に関するチェックシート(メディカルチェック)です。「正直に書いて断られたら困る」と不安に思う方もいるかもしれません。しかし、このチェックシートは参加者をふるい落とすためのものではなく、水中という特殊な環境で命を落とさないための、最初の安全装置です。

この記事では、PADI・NAUI・SSIなど主要指導団体が共通で使う病歴チェックの項目を解説し、なぜ特定の病歴(喘息、自然気胸、心疾患、てんかんなど)がダイビングで問題になるのか、その生理学的なメカニズムをわかりやすく説明します。

この記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の医学的助言に代わるものではありません。ダイビングの可否は、最終的に医師の判断によります。該当する病歴のある方は必ず医師にご相談ください。

目次

1. ダイビングのメディカルチェックシートとは

体験ダイビングやライセンス講習の前に記入するのが、「ダイバー・メディカル(参加者チェックシート)」です。これは指導団体の世界的な標準化組織であるRSTC(Recreational Scuba Training Council)が定めた様式で、PADI・NAUI・SSIなど主要団体が共通で採用しています。

仕組みはシンプルです。心臓・呼吸器・耳鼻科・神経・精神などに関する病歴の質問に「はい/いいえ」で答え、一つでも「はい」がある場合(および45歳を超える場合の一部項目)は、医師の診察と署名(診断書)が必要になります。医師がダイビング可能と評価して初めて参加できる、という流れです。

ここで重要な原則があります。チェックシートには「確信が持てない場合は『はい』と答えてください」と明記されています。判断に迷うなら、安全側に倒すのが鉄則です。なお、医師の署名した証明は通常12か月間有効で、その後に健康状態が変われば再提出が必要です。

それでは、医師の評価が必要になる主な病歴を、系統別にメカニズムとともに見ていきましょう。

2. すべての根底にある物理法則「ボイルの法則」

個別の疾患の前に、ダイビングのリスクを理解する鍵となる物理法則を押さえます。ボイルの法則です。

ボイルの法則とは、「気体の体積は圧力に反比例する」というもの。水中では深く潜るほど水圧が高まり、体内や器材の中の空気の体積は縮みます。逆に浮上すると圧力が下がり、空気は膨張します

人間の体には、肺・中耳(耳の奥)・副鼻腔(顔の骨の中の空洞)など、空気を含む「閉鎖腔」があります。これらの空間で空気の出入りがうまくいかないと、浮上時に膨張した空気が組織を傷つける——これが圧外傷(バロトラウマ)です。以下で解説する病歴の多くは、このボイルの法則による閉鎖腔のトラブルに関係しています。

3. 呼吸器系の病歴——肺の「閉じ込め」が最も危険

肺は最大の閉鎖腔であり、呼吸器系の病歴はダイビングで特に厳重にチェックされます。

喘息(ぜんそく)

喘息では気道が狭くなります。Divers Alert Network(DAN)の解説によれば、これには2つの危険があります。一つは、器材の抵抗や深度による空気密度の上昇ですでに呼吸が制限されているダイバーにとって、運動能力がさらに低下すること。

もう一つがより深刻で、狭くなった気道に空気が閉じ込められ、浮上時に吐き出せるより速く膨張すると、肺が破裂する恐れがあることです。これは肺の過膨張障害と呼ばれ、最悪の場合 動脈ガス塞栓(AGE)や気胸 を引き起こします。UHMS(海中・高気圧医学会)などのガイドラインは、運動・冷気・情動で喘鳴(ぜんめい)が誘発される喘息の人は潜らないよう助言しています。

自然気胸(しぜんききょう)の既往——原則「絶対的禁忌」

過去に自然気胸(肺から空気が漏れて肺がしぼむ状態)を起こしたことがある人は、特に注意が必要です。UHMSのガイダンスは、これをダイビングの絶対的禁忌と位置づけています。

理由は明快です。ダイビング中に気胸が起きると、浮上に伴って閉じ込められた空気が膨張し、緊張性気胸(生命に関わる状態)を引き起こす恐れがあるからです。さらに、自然気胸は再発リスクが高く、UHMSは再発予防の手術(胸膜癒着術など)を受けた後でも潜るのを避けるべきとしています。手術が肺の根本的な異常を完全には是正しない場合があるためです。

(なお外傷性の気胸は、その後の自然気胸の可能性が極めて低いため、扱いが異なります。)

その他

慢性気管支炎、肺気腫、胸部の手術歴なども、同様に肺の機能や閉じ込めリスクの観点から医師の評価対象になります。

4. 循環器系の病歴——水中の「心イベント」は溺水に直結

循環器系の病歴

心臓・血管の病歴も重点チェック項目です。チェックシートでは、狭心症、労作時の胸痛、心不全、心臓発作や脳卒中の既往、心臓の薬の服用、ステント留置や心臓手術などが問われます。

理由は、ダイビング中の心臓トラブルが致命的になりやすいからです。DANの事故分析では、ダイビング死亡事故の約3分の1が心臓関連イベントで、これが死亡原因の第1位とされています。最も多く疑われるのは、不整脈による心停止です。

水に浸かること自体が心臓に負荷をかけ、不整脈を誘発しうることに加え、水中で意識を失えば、それはそのまま溺水につながり、救助とCPRが大幅に遅れます。陸上なら助かるはずの発作が、水中では命取りになるのです。DANは、活動性の虚血性冠動脈疾患がある人は潜るべきでないと明記しています。高血圧も、それ自体と背景にある心血管リスクの両面から評価が必要です。

(高齢者・心疾患リスクと年齢制限の詳細は、別記事で解説しています。)

5. 耳鼻科系の病歴——「耳抜き」ができないと圧外傷に

耳鼻科系の病歴

中耳や副鼻腔も、ボイルの法則の影響を受ける閉鎖腔です。

潜行(潜っていく)ときには水圧で中耳内の空気が縮むため、「耳抜き(圧平衡)」で空気を送り込んで圧力を合わせる必要があります。中耳炎や副鼻腔炎、ひどい鼻づまり、鼻の通りに問題があると、この圧平衡がうまくできません。

その結果、中耳や副鼻腔の圧外傷(バロトラウマ)——鼓膜の損傷、激しい痛み、出血などが起こりえます。また、潜行時には抜けても浮上時に空気が抜けず痛む「リバースブロック」も問題になります。風邪気味・鼻づまりの日にダイビングを避けるよう言われるのは、このためです。鼓膜の手術歴や慢性的な耳・副鼻腔の疾患は、医師の評価対象になります。

6. 精神・神経系の病歴——意識を失う可能性が最大の懸念

神経・精神系で問われるのは、「水中で意識を失う、またはパニックになる可能性」です。

てんかん・けいれん発作——原則「絶対的禁忌」

てんかんや、けいれん発作の既往は、UHMSのガイダンスで絶対的禁忌とされています。理由は単純かつ深刻で、水中で発作が起き意識を失えば、ほぼ確実に溺水につながり、救助が極めて困難だからです。失神・気を失った経験や、意識消失を伴う重大な頭部外傷の既往も、発作リスクの観点から評価が必要です。

閉所恐怖症・パニック障害

閉所恐怖症やパニック発作の傾向も重要な項目です。水中でパニックに陥ると、呼吸を止めたまま一気に浮上してしまうことがあり、これは前述の肺の過膨張障害を招きます。冷静さを失うこと自体が、水中ではあらゆる事故の引き金になります。

その他

複雑性片頭痛(神経症状を伴うもの)、過去5年以内に治療を要した精神的な問題なども、医師の評価対象です。

7. 【最重要】「不安だから」と虚偽申告をしてはいけない理由

ここまで読んで、「該当する項目があると、もう潜れないのか」と落胆した方もいるかもしれません。しかし、該当=即不可ではありません。医師が診察して問題ないと判断し、診断書に署名すれば、参加できるケースは数多くあります。チェックシートは「門前払い」ではなく「安全に潜るための確認」なのです。

だからこそ、絶対にしてはいけないのが虚偽の申告です。「断られたくないから」と病歴を隠して参加することには、取り返しのつかない代償が伴います。

第一に、安全上のリスクです。ここまで見てきたとおり、これらの病歴は水中で発作・意識消失・肺破裂・心停止といった致命的な事態に直結しえます。医師のチェックという最後の安全網を自ら外すことは、最悪の場合死亡事故に直結します。

第二に、保険の問題です。一般に、事故時の保険適用やショップの補償は、参加者が健康状態を正しく申告していることが前提です。虚偽申告が判明した場合、万一の事故の際に保険が適用されない可能性があります。

「確信が持てなければ『はい』と答える」。これは、あなた自身の命と、同行する家族や仲間を守るための原則です。

まとめ:チェックシートは「命を守る最初の安全装置」

ダイビングのメディカルチェックは、RSTC様式に基づきPADI・NAUI・SSIなど主要団体が共通採用。該当項目があれば医師の診断・署名が必要
呼吸器系(喘息・自然気胸の既往など)、循環器系(狭心症・心疾患・高血圧など)、耳鼻科系(中耳炎・副鼻腔炎など)、精神・神経系(てんかん・閉所恐怖症など)が主なチェック対象
多くはボイルの法則による閉鎖腔(肺・耳・副鼻腔)の圧外傷、または水中での意識消失→溺水のリスクに関係する
自然気胸の既往やてんかんは原則として絶対的禁忌
該当しても医師の許可があれば潜れる場合がある。虚偽申告は保険適用外や死亡事故に直結するため絶対にしない

健康状態に不安がある場合は、旅行前に医師へ相談し、必要な診断書を早めに準備しましょう。沖楽では、こうした安全手順をきちんと踏む、安全対策優良店・正規認定店のプランのみを掲載しています。

よくある質問(FAQ)
Q.持病があるとダイビングはできませんか?
A.病歴に該当しても、必ずしも参加できないわけではありません。医師が診察してダイビング可能と判断し、診断書に署名すれば参加できるケースが多くあります。ただし、自然気胸の既往やてんかんなど、原則として潜ることが認められない(絶対的禁忌の)病歴もあります。まずは医師に相談してください。
Q.喘息ですが、症状が落ち着いていれば潜れますか?
A.喘息の状態によります。運動・冷気・情動で喘鳴が誘発される場合は潜らないよう助言されています。狭くなった気道に空気が閉じ込められると、浮上時に肺が破裂し動脈ガス塞栓や気胸を招く恐れがあるためです。コントロール状況の評価が必要なので、必ず医師に相談してください。
Q.なぜ風邪や鼻づまりのときは潜ってはいけないのですか?
A.鼻づまりがあると「耳抜き(圧平衡)」がうまくできず、中耳や副鼻腔の圧外傷(痛み・出血など)を起こす恐れがあるためです。浮上時に空気が抜けず痛む「リバースブロック」のリスクもあります。体調が万全でない日のダイビングは避けましょう。
Q.チェックシートで迷う項目はどう答えればいいですか?
A.確信が持てない場合は「はい」と答えてください。これはチェックシートにも明記された原則です。安全側に倒し、医師に相談することが、自分の命を守ることにつながります。
Q.病歴を申告しないとどうなりますか?
A.虚偽の申告は絶対にしないでください。水中での発作・意識消失・肺破裂・心停止など致命的な事態に直結する恐れがあるうえ、万一の事故時に保険が適用されない可能性もあります。チェックシートは安全に潜るための確認であり、隠すことは自分と仲間の命を危険にさらす行為です。

出典・参考資料

RSTC(Recreational Scuba Training Council)/UHMS(Undersea and Hyperbaric Medical Society)”Diver Medical Participant Questionnaire” / “Diving Medical Guidance to the Physician”

Divers Alert Network(DAN)”Asthma and Diving” / “Matters of the Heart” / “The Heart & Diving”

各ダイビング指導団体(PADI・NAUI・SSI 等)共通のダイバーメディカル様式

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的診断・助言に代わるものではありません。ダイビングの可否は最終的に医師および各ショップの規定によります。持病や健康上の不安がある場合は、必ず医療機関にご相談ください。

松川 尚生
この記事の監修者
松川 尚生(まつかわ ひさお)

株式会社SEEC 旅行事業部 部長(沖楽 事業責任者)/一般財団法人 沖縄マリンレジャーセイフティービューロー 理事(2021年〜)
ダイビングのアドバンス・オープン・ウォーター(AOW)ライセンス取得者。沖縄本島・離島で数百本のダイビング経験を持ち、沖縄県内の多数のダイビングショップへの取材・現地確認に同行。安全基準の観点から事業者の選定・掲載基準の策定を担当している。

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